« 勘違いも甚だしい | トップページ | 危うさゆえのキラメキ »

2019年4月 9日 (火)

ハラスメント考

Img_7730 

「ハラスメント」という言葉がある。
「嫌がらせ」などと訳される。

嫌なものだし、そういった言葉が世の中に出回ることで
防げる「嫌がらせ」があるなら、結構なことだと思う。

ただ、ハラスメントが起こると一発アウトなのは如何なものか。

例えば「セクシャル・ハラスメント」などは
励ましのつもりで肩をポンと叩いただけだとしても、
受け手が「嫌だな」と思ったら
即ハラスメントが認定されてしまう。

もちろん弱者である受け手は守ってあげたい。
かく言う僕も、どちらかと言うと弱者であり、
ハラスメントはされたことはないけれど、
少なくともする側に立つ人間ではない。

しかし、である。

だいたいにおいて、ハラスメントをした側は、
「ハラスメントだと認識していない」ことが多いのではないか。
ハラスメントだと思って「嫌がらせ」をしているのではなく、
例えば「スキンシップ」としてやってしまっているのではないか。
(もちろん初めから「嫌がらせ」でやっている輩もいるけれど)

だから、一発アウトは早過ぎるのである。

まずは「嫌なのだ」と言って、
これが「ハラスメント」になり得るのだと伝えること。

その上でまたしてきたら、それは立派な「嫌がらせ」。
「ハラスメント」である。

弱者は言えないのだ、と言う意見もあろうと思う。
僕も気持ちはとてもよくわかる。

けれど、「ハラスメント」が強者の「感覚の押し付け」だとしたら、
一発アウトになるから、と気を遣わなければならない状況というのは、
弱者側から強者側への「感覚の押し付け」なのではないだろうか。

強い、弱いに関わらず、「押し付け」てはいけないと、
僕は思うのです。

|

« 勘違いも甚だしい | トップページ | 危うさゆえのキラメキ »